『お下がり』
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「お下がりをあげたい」
利き手とは逆の手で持ったスプーンを握りしめながら、右腕を三角巾で吊り下げた息子が口を開く。
「お下がり?」
「うん。生まれてくる、弟か妹に」
お下がりなどという言葉をどこで覚えてきたのだろうか。息子――、雪嶺は四歳という年齢にしては喜怒哀楽の少ない子供だ。全くの無表情というわけでもないが笑うのも泣くのも控え目で、それは親として少し心配になるくらい。
その彼がここ数ヶ月、喜びと期待に満ちた眼差しを私のお腹に向け続けている。明日には生まれるか、明後日はどうだと毎日毎日。走って転んで骨折したという話を聞いた時には血の気が引いたものだが、何があったか尋ねれば「もうすぐ兄になる、と友達に話したらいてもたってもいられなくなった」などと返ってきたものだから思わず吹き出してしまった。
「おれが使ったやつのお古はイヤかな?」
「どうかなぁ。この子が雪嶺のこと大好きになってくれたら喜ぶかもよ」
もういつ生まれてもおかしくない、すっかり大きくなったお腹を擦りながら答える。
「自分のもの、その子に渡せるように大切に使う。それから絵本も読んであげるし、大きくなったら難しい勉強も教えてあげる」
「雪嶺は良いお兄ちゃんになりそうね」
そう言ってその珈琲色の柔らかい髪の毛を撫でてやれば、息子は満足そうに微笑むのだった。
***
了