『Goddesses』

 

***

 

 

「いちかー、サンタさんに何お願いするか決まった?」

「ママにはナイショー!」

「えぇ~、ケチ、教えてよ」

 

 暖炉の火がパチパチと弾けるのを眺めながら、キッチンから聞こえる明るい声に耳を傾ける。改めて、一年というのは早いものだ。

 

「ね、パパ! 今年はおうちにいてくれる?」

 

 とてとてと走ってきた娘がソファをよじ登り、読みかけの本と私の間に身体をねじ込ませてくる。昨年のクリスマスは当日急な仕事が入り、いちかに構ってやれなかった。医者という職業柄、時に家族との団欒より優先しなければいけない命があるということを言って聞かせたのだが、齢四歳の少女に理解を求めることは難しく、彼女はしばらく膝を抱えていた。

 

「約束はしかねるが──。少しでも君と過ごす時間が取れるよう、最大限の努力をしよう」

「ホント!? 約束よ!」

 

 保証ができないのがもどかしいところだが、彼女たちの生活を預かっている以上は仕事を疎かにするわけにもいかない。できる限りの誠意をもって答えれば、私と同じ紫陽花色の大きな瞳が輝いた。柔らかい髪がふわりと揺れ、花のように綻んだ顔を揺れる炎が照らしている。

 

「それで……、あの、なんだ、ゴホン。サンタクロースには何をもらうんだ」

 

 つい先ほど妻が失敗したミッションに、今度は私が挑む。いちかに見えない位置でアリーシャが手を合わせているのが見える。サンタの正体をバラさずして欲しいものを聞き出す──この時期、子を持つ親が必ず成功させなければいけない重要な仕事だ。成功報酬は娘の笑顔。

 

「うーん……。パパには教えてあげよっかな」

「いいのか?」

 

 驚くほどさらりと返ってきた答えに思わず聞き返す。

 

「うん! でもママには内緒よ。耳貸して?」

 

 そう言ってその小さな身体を押し付けこしょこしょと耳打ちしてきた内容は、なるほど、ママには内緒、の理由が納得できるものであった。

 

 彼女の欲しいものとは、子供用のメイクセット。ママが鏡に向かっている姿を見て自分もやってみたいと思ったと。せっかくだから、ママに秘密で準備してびっくりさせてやろうと思ったと。

 私は普段感情があまり顔に出ないタイプだと言われるが、年頃の少女らしい願望とその健気な姿にゆるゆるに頬が緩んでしまった。オーブンの横に立つアリーシャが珍獣でも見たかのような顔をしている。焦げるぞ。

 

「そうか。じゃあ、それがもらえるようクリスマスまで良い子に……」

「それだけじゃないの」

 

 ミッションコンプリート、とばかりにお決まりの台詞で締めようとしたところを、いちかの予期せぬ言葉が遮る。

 

「と、いうと?」

「あのね、そのサプライズ企画にね、一緒にメイクしたサンタさんも参加して欲しくて」

「……」

 

…………はい?

 

「ね! いい考えでしょ? ママ、びっくりが二倍になるでしょ!」

 

 なるだろうとも。サンタさんはその五倍くらいびっくりしたぞ。

 

「い、いや、良い案だとは思うが、どうだろうか。彼は忙しい身だ、その日は特に、うちだけでなく色々な家を回らなければいけない」

「じゃあ日を改めて来てもらうわ! お手紙を書いておけば読んでもらえるかな? いちか、もうほとんどの文字が書けるのよ」

「あ、う、……」

 

 まずい。私はアドリブに弱いのを自覚している。いや、それでも大人相手ならそれなりの態度を取り繕うことができるつもりだが、こういった子供の突飛な発想にはついていけないことが多く、予想外の事態に対応が追いつかない。

 

 動揺を隠せない私と反対に、こっそり温めていた一大計画を発表した彼女の熱は上がっていくばかりで、可愛いレターセットを買いに行きたいだの、おもてなし用のお菓子も用意しなきゃだのと大はしゃぎだ。なんだこれは、どうすればいい、私はクリスマスまでにスキンケアをすればいいのかいや違うどう考えても違うそうじゃない。

 

「ねー! 二人して何コソコソしてんのよー! あたしばっかり仲間はずれにしてるとグラタン独り占めしちゃうわよ! あーあー、今日のは特に美味しくできたのになー!」

「あー! いいにおーい!」

「きゅ、救世主……」

 

 私が固まっているのを察したアリーシャが湯気の立つグラタンを抱えながらやって来た。チーズの焦げる芳ばしい香りは一瞬でいちかの興味を引き、私はやっと解放された。

 

「なんだか知らないけどあとで相談しましょ」

 

 先週買ったばかりの木製のトレーをテーブルに置き、苺柄のキッチンミトンを外しながら、いちかがくっついていた方とは逆の耳にこそりと。

 思えば冒険者時代にもこうやって察しの良い彼女の機転によく助けられたものだ。グラタンを取り分けるアリーシャの横顔はあの頃よりは幾分年齢を重ねたことが見て取れるが、変わらず美しかった。

 

 

「アリーシャ、いちか」

「んー?」

「なーに? パパ」

 

 家族揃って暖炉の前で食事を囲む。

 いつもと同じ風景が、今日はやたらと愛おしく思えて。

 

 

「私は、君たちと家族になれて嬉しい」

 

 

そう、素直に口にすれば、二人の女神たちも同じように笑顔を返してくれたのであった。

 

 

***